ネコが大好き





人はやさしくして
あげるとやさしい
人になるのよ


 




あきちゃん

 





暖かい部屋です。





わたるさん








ネコもついに

 

 

 


スヤスヤ...

 

 

 

 


「和」
JIBO & AWA

 


●福生に来たいきさつを教えて下さい。
30年前に故郷の北海道から下北沢に移り住んで来た時に、音楽の仲間が住んでいた福生のハウスに遊びに来たの。その時の福生はね、都内より静かで時間が止まっていて、街並みもとても気に入ったの。裏は空き地でね、庭にも木があって沢山の緑に囲まれていてとっても素敵だったのよ、お部屋も広くてすごく住みたくなったハウスが今居るここなの。仲間もいたし福生に住むようになったのよ。それはそれは良かったのよ。

●そのころの住み始めてからの福生はどんなかんじですか?
近くのハウスにはしんちゃんが住んでいてヤギを飼ってたのね、原っぱにヤギを放して、朝にしんちゃんとコーヒー飲みながらヤギ見て1日が始まるの。なんでもない1日が始まるの。街は何もなくて駅前には、今みたいに西友も何も無くて空っ風が吹いていてね、バス停ではバスを待つのよ。でもね、バスは今も昔も一緒なのよ。バスを待つ時はとっても寒かったわ。けどね、家の空間が良かったのよね。それと音楽の活動は、UZU、チキンシャックとかでアリや宙さん南条とかみんなでね。その時は「JIBO&DYAN」でブルースロックをやっていたわ。

●音楽を始めたきっかけは、なんだったんですか?
昔は自分が音痴だと思っていたの。小学六年生の時に合唱部の子供の声を聞いてわー!なんて思って私も声を出してみたの。声が出ちゃったのよ。
それから中学校で音楽の先生に誘われて合唱部に入ったのよ。ソプラノだったの。すごく楽しいの。素敵よ、声が出るの。 最高のきっかけ。今まで出来ないと思っていた事が出来たのだもの。とっても嬉しくて最高だったわ。高校生の時はやろうって3人に子に誘われて、4人でフォークソンググループをやったのね、グループの1人の子がピーター・ポール&アリーのレコードを持ってきて、これやろうっていうのがきっかけで何とかやりはじめたの。
その後は,北海道から下北沢に住み始めて時にジャズをやってたの。その時にジャズ喫茶店の「まさこ」でアルバイトをしてたの、そこでジャズのレコードをいっぱい聞いたわ。最近もこのお店に行ってきたの、とても良いお店よ、もう半世紀やっているのよ。50年以上もあるの。ちょうど22,3歳の時よ。その時に、福生に音楽をやってる仲間がいたのよ。住んでからは福生から通ったのよ。

●今までジョイントしてやった人達はどんな方ですか
あきちゃん: 
福生に住んでる時に高円寺のライブハウス「次郎吉」を中心に活動していてその頃に憂歌団、カシオペア、デビューする前に次郎吉に出入りしてたね。コンサートにも呼んでもらったりね。
JIBO
遠い所だと大阪、京都なんかにも行ったわね。
あきちゃん:
その当時にヤマハ主催のヤマハEASTWEST'77のコンテストがあって、全国大会のコンテストで、地方の方から勝ち進んで来たバンドが決勝戦を中野サンプラザでやったね。カシオペア、サザンオールスターズ、シャネルズ。今でいうロックバージョンの、ポプコンみたいのかな、当時はあんまりなかったね。カシオペアは当時から格好良かったよ。フュージョンのはしりみたいのでね、そんなのあんまりやっていなかったからね。みんなすごいよね。サザンもメンツ変わらずあのまんまで、まだ、ギターのあの人が居た時でね。当時からやっぱり桑田の歌声は惹かれるものがありましたよね。その時にベストボーカル賞でサザンの桑田とJIBOがもらったんだよな。JIBOは歌えれば全国大会なんだよな。
JIBO
私ね実は人の前に出るのがとても苦手なのよ、出来れば、隠れていたいのよ。性格がもっと目立ちたい人だったら良かったのになって思うんだけどね。なるべくは台所に居たいな。。。

●福生の好きな場所はどこですか?
横田基地の滑走路が見える16号のフェンスの所は空がすごく広いのよ。朝日もすごくいいのよ。
後ね、16号沿いのお店が並んでるところ。あの通りすごく好きよ。

●福生の魅力ってなんですか?
JIBO
福生にはとても魅力的な人が多いですよね、小さな所なのにそんな人がたくさんいるわ。ここは何かにひかれて集まってくるとも思うの。そう思うの。
あきちゃん:
福生好きな人って多いんですね。自分の息子の世代が何だかんだ始めてるみたいでね。
JIBO
そういえば昔カシオペアの野呂さんに中野サンプラザの前に話した時に私、福生の自慢ばっかりしてたわ。わたしも何かにひかれていたのよね。

●福生の昔と今の違いはなんだと思います?
JIBO

同じ感じがするわね。若い人と話をすると凄く面白い。とてもパワーをもらうの、若い人は今MOVEしてるわ、動き始めてるわ。渦の中で一緒に回っている感じ。
あきちゃん:
今は、全然健全な感じがするな。昔はもっとドロドロしてたな。あの頃は何か怪しくて面白そうだなって思って住み始めたからな。
わたるさん
なんかメチャクチャで都内の方から色んなやつが来て1つのハウスに20人くらい住んでたよな。
JIBO
あれは、ヒッピーの時代だったからね。
前はもっとハウスがあって、もっと良い町並みだったわ。あれが好きで住み始めてたのよね。

●最近の活動をおしえてください?
国立の地球屋でハーモニカのチャンピオンとかブーフーとか、ボサノバの女の子とジョイントしたり、若い子でヒップホップの子と私達のオリジナルの曲をやったのよ。ラジオ深夜便の時に古賀政男会館で生放送でラストエンペラーの曲を弾いて中国の宝と言われている胡弓(二胡)でジャンジェンフォに私達のオリジナルを演奏してもらったの。 素敵な人達だったわ。
岩手の山のななしぐれでは、モンゴルの国宝級のバトーキンの名人やホーミーと一緒にやったのよ、彼の笛は一曲息継ぎ無しの笛なのよ。すごく良かったわ。 次の日には、白樺の中で音楽で遊んだの。バトーキンの彼と一緒に音楽をやった人達とセッションしたの。とても贅沢よね。楽しかったわ。北海道のコンサートではケルトハーフやファンフルートの人達ともやったわ 、素敵な人たちよ。
今は「JIBO&AWA」のオリジナルをやっているのだけど今一番良いペースでやれていて、合っている気がるな。最近は銀座とか六本木まで車で行ってるのよ、じゃないと福生まで帰って来れないのよ。帰りは来てくれた人達がいるじゃない、みんなを荻窪、吉祥寺、あっちこっち行って送るんだけど、みんな酔っ払てるでしょ話があっちゃこっちゃ行っててもう楽しいのよー!!帰りの車は大騒ぎで楽しいのよ。私ああゆうの好き。

●最後にJIBOさんにとって福生とは?
出身地の違う人達やいろんな人と出会って来たけどみんな福生人なのよね。
ここからみんなが出てるのよね、ここで子供を産んで、子供が育って、子供の健太を通して色んな人に出会って、そうね、ここは古里ですね。
これからどこに行ってもここの事は思い出すだろうね。それだけすごく強いと思うよ。
ここを出ちゃった人達も言うのよ、ここが故郷だから「JIBOどこにも行くなって、JIBOが居るここが古里なんだ」って言われてるのよ。

JIBO
北海道旭川出身。高校時代P.P.M.のコピーバンド「BLUEMINTON4」でヤマハ-フォーク-ジャンボリー全国優勝。その後東京にてBLUESROCK系のバンド「JIBO&DYAN」結成。1977年ヤマハEASTWEST'77決勝進出。サザンオールスターズの桑田圭介と共にベストボーカル賞を受賞。高円寺次郎吉を始めとするライブハウスで活動する。1982年出産、子育てに専念し演奏活動から離れる。その後復帰、地元福生での活動を重ね、2000年「JIBO&AWA」結成。

オフィシャルホームページ
http://www.jiboawa.jp

text rewriter: MARI